付録 A2. Bloch波法による動力学計算の概要¶
この付録では、ReciProの Crystal Diffraction・CBED・HRTEM/STEM シミュレータが用いる動力学的電子回折理論の概要を解説します。ReciProは Bethe / Bloch波 の定式化に従います。実際の計算手順(光学ポテンシャル・透過係数・強度)は 動力学計算(共通コア) で説明します。
結晶中の波動方程式¶
結晶の周期的な静電ポテンシャル中を進む高速電子は、(高エネルギー・定常の)シュレーディンガー方程式に従い、次のように書けます。
- \(k_{vac}\) : 真空中での電子の波数。
- \(U_{\mathbf g}\) : 逆格子ベクトル \(\mathbf g\) に対する結晶ポテンシャルのフーリエ係数。ポテンシャルは格子周期性をもつため、逆格子に関するフーリエ級数で表されます。
Bloch の定理¶
ポテンシャルが結晶格子の周期性をもつため、解は Bloch 波 になります。
- \(u(\mathbf r)\) : 結晶格子と同じ周期性をもつ関数。逆格子で展開でき、\(u(\mathbf r)=\sum_{\mathbf g} C_{\mathbf g}^{(j)}\exp(2\pi i\,\mathbf g\cdot\mathbf r)\)。
- \(\mathbf{k}^{(j)}\) : \(j\) 番目の Bloch 波数ベクトル。
- \(C_{\mathbf g}^{(j)}\) : \(j\) 番目の Bloch 波における反射 \(\mathbf g\) の振幅(固有ベクトル成分)。
Bethe の動力学方程式¶
Bloch 波展開を波動方程式に代入すると、各反射 \(\mathbf g\) について 1 本ずつの連立方程式、すなわち Bethe の動力学方程式 が得られます。
- \(U^C_{\mathbf g}\) : 弾性散乱 に対する結晶ポテンシャル。
- \(U'_{\mathbf g}\) : 虚(吸収)ポテンシャル。熱散漫散乱(TDS) を表します。これと Debye–Waller 因子の取り扱いは 動力学計算(共通コア) で詳述します。
幾何学的な定義(エワルド球)¶
上式に現れるベクトル・スカラーは、エワルド球上で次のように定義されます。
- \(\hat{\mathbf n}\) : 結晶表面の法線方向の単位ベクトル。
- \(\mathbf k\) : 入射波数ベクトル(先端はエワルド球上)。\(\mathbf k_{vac}\) は真空中の波数ベクトル。
- \(\mathbf g\) : 逆格子ベクトル。\(\mathbf k + \mathbf g\) は逆格子点を指す。
- \(\mathbf k^{(j)}\) : \(j\) 番目の Bloch 波数ベクトル。すべての Bloch 波数ベクトルは接線成分が共通(表面での連続性)で、法線 \(\hat{\mathbf n}\) 方向にのみ異なります:\(\mathbf k^{(j)} = \mathbf k + \gamma^{(j)}\hat{\mathbf n}\)。
- \(\gamma^{(j)}\) : \(j\) 番目の固有値(\(\mathbf k^{(j)}\) の \(\hat{\mathbf n}\) 成分を \(\mathbf k\) から測ったもの)。
幾何学的関係から、
であり、励起誤差 \(S_g\)(逆格子点とエワルド球面との幾何学的距離)と、反射を順位付けする 評価関数 \(R\) は
となります。
固有値問題への帰着¶
\(\mathbf{k}^{(j)} = \mathbf{k} + \gamma^{(j)}\hat{\mathbf n}\) とおき、\(k^2-(\mathbf k+\mathbf g)^2 = Q_g\) と線形近似 \((\mathbf k^{(j)}+\mathbf g)^2 \approx (\mathbf k+\mathbf g)^2 + \gamma^{(j)} P_g\) を用いると、Bethe の方程式は(\(P_g\) で割ることで)標準的な 行列の固有値問題 になります。
- \(\mathbf{C}\) の各列が固有ベクトル \(C^{(j)}_*\)(Bloch 波の振幅)です。
- \(\boldsymbol{\Lambda}=\mathrm{diag}\!\left(\lambda^{(1)}, \lambda^{(2)}, \dots\right)\) は固有値 \(\lambda^{(j)} = \gamma^{(j)}\) を並べた対角行列です。
明示的に書き下すと(反射を透過波 \(0\)・続いて \(g\), \(h\), … の順に並べると)、次のようになります。
\(\mathbf{A}\) を対角化すれば、すべての Bloch 波数ベクトルと振幅が一度に求まります。回折波の振幅、ひいては強度は、入射面・出射面での境界条件と試料厚さから定まります。これらの手順、光学(複素)ポテンシャル、Debye–Waller 因子、透過係数 \(T_{\mathbf g}\) については 動力学計算(共通コア) を参照してください。
注: 回折シミュレータの Details テーブルに表示される \(V_{\mathbf g}\) は、相対論補正項を掛ける前の数値です。
関連項目¶
- 7. 回折シミュレータ — 動力学回折パターン
- 9. HRTEM/STEMシミュレータ
- 付録 A1. 座標系の定義
- 動力学計算(共通コア)
